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浜田はるみ句集「韻く」

f0141371_2161659.jpg序   思惟の眼差し


平成二〇年に出版された「『鑑賞 女性俳句の世界(角川学芸出版)』 の二巻目で、原コウ子の生涯の作品鑑賞を担当したことがある。その鑑賞のタイトルを「知性派の女歌」とした。生涯の作品を読み通すと、自ずとそうした主題が浮かび上がったのである。
ちなみに、その第六巻目に私自身の作品が鑑賞されているのだが、そのタイトルは「醸し出す香り」であった。多分、私が「知性派の女歌」というタイトルを導き出したように、私の作品群から「醸し出す香り」を引きだしてくれたのではないかと想像している。
前置きが長くなったが、浜田はるみさんの作品を読み終えたときに、「思惟の眼差し」ということばが浮かび上がった。その作品を追っていくと、作者の思惟の眼差しを感じさせてくれる句によく立ち止まったからである。
はるみさんの俳句歴を見ると、平成十五年に小澤克己主宰の「遠嶺」に入会して数年のうちに「遠嶺」新人賞を経て編集同人になっている。

行く春や障子のかげの忘れ物  平成十五年~十七年
  またあした水平線の大夕焼   
  牡丹の手に余りたるひかりかな  
  小春日の見知らぬ猫と同席す  

初期のこれらの作品は、その履歴を納得する歯切れのいい作品である。一句目の情景描写の巧みさ、二句目の夕焼の筆太な把握、三句目の視覚的な感覚、四句目の物語性、いずれも小澤氏の提唱していた情景主義と合致する。初期のこれらの作品は、忠実に師に学んだというよりも、本来の資質が発揮されたのだと思う。

  白もくれん水迸るとき匂ふ  平成十七年~二十年
  いつせいに光ゆれ初む紋白蝶  
  芝の上の自己紹介や若葉風 
  姿見に先づ水仙の映りけり   
  雪催卓布に皺の寄つてをり  

感覚的な作り手ではあるが、誠実に対象に向き合っている。そうでなければ、白もくれんの匂いも、紋白蝶の光も見えないだろう。三句目の自己紹介の句も、四句目の鏡の中の水仙も新鮮な切り取り方である。五句目の雪催の卓布に皺が寄っている光景。日常のかすかなアンニュイが上質な絵画として提示されている。このあたりにも、作者の思惟の視線を感じるのである。

  教室にかすかな浮力卒業子    平成十七年~二十年
  かんかんと秋を鳴らして電車過ぐ 
  たどりつく答のやうに竜の玉  

同時期のなかで、これらは浜田さんならではの感覚的な詠み方である。一句目の(教室にかすかな浮力)を小澤克己氏はどのような評価したのだろうか。卒業子と言っても絵画にすればいつもと同じように学生服を着た生徒が席を満たしているだけである。だがまもなく巣立つ生徒だと思えば、いつもとは違う緊張感が生まれる。それを浮力という言葉に託している。
二句目の(かんかん)は踏切の音かもしれない。だが、(秋を鳴らして)によって、秋があたかも物体であるかのような存在感を出している。
三句目、竜の玉とは(竜の髯の実)と言えばわかり易い。髯のような細い葉の根元に瑠璃色の玉を付ける。その印象を(たどりつく答のやう)とするのは、はるみさんらしい。これこそ、思惟の人の答えなのではないかと思う。

  冬銀河子の背にうすき翼見ゆ    平成二十年~二十二に年

 銀河のもとに翼の生えた子のおさまるシュールレアリズムな映像である。ことに冬銀河の季語が美しい上にも美しい世界を描き出している。ともすれば虚構の世界かと思われてしまうが、下五にある(見ゆ)によって作者と繋がるのである。さらにこの句が、前書「長女雪国へ赴任四句」の中の一句であることを知ると(見ゆ)が俄に奥深くなる。
子と言っても社会人になった長女の後姿を眺めているのが解る。自ずとそれまでの月日を遡りながら、子の成長したことを実感しているうちに、その背中に翼が見えはじめた。思惟が導き出した感覚を形に置き換えたのである。

  蟬しぐれ八時十五分の佇立   平成二十年~二十二年
  人形の微かなほてり春の雪  
  つくしんぼ河原の声のよく揃ふ  

 切り取り方の潔さは初期からのもの。一句目の広島忌と言わないで、それを提示させているのは、俳句という器を心得た切り取り方、二句目の独特の感受性、そうして三句目の対象に向かう時の誠実な姿勢、これらがはるみさんの俳句造りの要になっている。
「遠嶺」に拠ることは、浜田はるみさんにとっての小澤克己という名伯楽との出会いであったと思う。しかし、惜しくも小澤氏は平成二十二年に急逝している。

  日向ぼこ神がとなりに来て座る  平成二十二年~二十六年

日向ぼこというきわめて卑近な位置に神を引き寄せている。先人たちにも(日に酔ひて死にたる如し日向ぼこ  高浜虚子)(日向ぼこ神の集ひも日向ならむ  大野林火)などがある。遥かなものを引き寄せるのは俳句造りの王道に添っているのであるが、それでも先人の句はどちらも想念に留まっている。
浜田さんの句がこれらを越えるのは表現の潔さである。この輪郭の鮮明さは、はるみさんの師である小澤克己氏の薫陶が生きていると思っている。情景主義を掲げた小澤氏にとっても、自身の作句理論を理解してくれる弟子の一人としてはるみさんを注目していたに違いない。

  風鈴を水平線に吊るしけり  平成二十二年~二十六年

風鈴の句もまた小気味よい把握である。水平線に吊るされるなどという措辞は、鑑賞すれば理屈を重ねることになる。虚でありながら納得してしまうのは、読み手の中の憧れがさせるのではないかと思う。ここにも、風鈴を吊って、水平線のことばに行き着くまでの思惟の時間を感じる。

  家計簿をひらく銀河の片隅で  平成二十二年~二十六年 

家計簿という極めて現実的なもの、それが銀河と結びついたところに作者の見識を伺い知ることが出来るのである。
連句は往きて帰る心なしを標榜しているが、発句は行きて帰る心こそが重要なのである。家計簿を付けながら、星座を思い出したのかもしれない。あるいは窓から星空が見えていたのかもしれない。そのようにして、誰でも家計簿と銀河を結びつけるまでは詠めるだろう。だが、(片隅で)の措辞にゆきつくのが出来そうで出来ないものである。この一語があることで、家計簿の細かな数字に戻れて、単なる詩の一行ではなくなるのである。
さらに言えば、この句は、小澤克己氏の宇宙感覚で詠まれた「嬰生まるはるか銀河の端蹴つて」に繋がる情景主義の作品である。
はるみさんが師の没後に「ににん」の句会を選んでくれたことは、「ににん」の仲間にとっても幸運なことである。
紙面が尽きたので、以下にににんの仲間とともの詠んだ作品を抽出しておく。 

  口笛を運ぶ潮風黄水仙     平成二十二年~二十六年
  門火焚き村に人影増やしをり  
  蓮見舟水の昏さを垣間見て  
  花カンナ窓辺に開く黙示録   
  コスモスの真白遮断機あがりけり  
  何も恐れず数珠玉の指輪して  
  しくしくと声するあたり月夜茸  
  初彌撒に村の赤子の勢揃ひ  
  大寒や枕に耳の置きどころ    
  留守番の代り盥の大西瓜   
  葉書出しそびれてへちまぶら下がる  
  掛け声は端から端へ稲を刈る   
  雪吊のけふ月光を吊りにけり  
  石畳さざなみめいて淑気かな   
  一身に海を集めて海女潜く  
  それからは百日草の真昼かな  

 立冬に
                岩淵喜代子
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by owl1023 | 2016-01-03 20:38 | 浜田はるみ著書


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