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宇陀草子句集『吉野口』 文学の森刊 平成20年7月1日


宇陀草子句集 『吉野口』

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自選十句
ショパン聴く朝あぢさゐに風あふれ
虹消えて巌頭に裸かゞやかす
小走りに人ゆくおぼろ宇陀郡
稲架解いて亀石に日のあたりけり
一陣の野火立ちあがる吉野口
毛皮着て即身仏にみつめらる
獅撃ちの腰にはねたる守り札
亀鳴くや自称「裕」の終の弟子
深吉野の山彦自在に秋の空
冬晴れの鳶よくひびく裕句碑

序に代えて  原裕

   鵙日和寺の障子の両開き
 石鼎顕彰の集いでも、大会に先立ち東吉野村天照寺において盛大な法要がこころゆくまで催されたが、この句は鵙晴れの大気を大きく吸い込んで法事のこころを見事に演出している。「寺の障子の半開き」で、開け放たれた寺座敷が清潔に感じられる。

   毛皮着て即身仏にみつめらる
今月の作品は、いずれも出羽三山詣の折りの作品であるが、俳句作りとしての信念が通っている力作である。

   杉の間の雪山彦や羽黒山
   即身仏雪かぎりなき出羽の国
   毛皮着て即身仏にみつめらる
   白鳥の羽搏ち頭上に最上川
   雪嶺となりて鳥海山くれゆけり
  
 とくに「即身仏」に対してのまなざしはきびしく、それが自己の内面を照らし出しているところに俳人(創作者)としての、仏に向う真摯な姿勢が、作品をゆたかなものにしている。
 「即身仏雪かぎりなき出羽の国」は芭蕉も訪れたこの風土への渾身の挨拶の中で即神仏への呼びかけがうかがえ、また「毛皮着て即身仏にみつめらる」には、この世、あの世をへだてて即神仏と対峙している作者が浮び上がる。ドラマチックな構成に工夫がみられ自立した作品に仕上げている。

   猪撃ちの腰にはねたる守り札  
  
 「猪撃ち」は山国の人々の生活であるが、作者はそこにかけがえのない季節の命を見出す。
  「腰にはねたる守り札」を見逃すことのなかった作者の心眼にふれる思いがする。 

鹿火屋誌より転載
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by owl1023 | 2008-07-29 02:40 | 宇陀草子著書