草深昌子句集『青葡萄』

f0141371_20585949.jpg
      
















草深昌子句集『青葡萄』 
       
      序 ・ 原  裕

     難波の血~ 句集『青葡萄』に寄せて

 句集名を思案しているうちに

  湯のやうな日がさしきたり青葡萄

の作品を「鹿火屋集」の句稿の中に発見したときの感動をあらたにしたのでした。それは<新しい作家>誕生の手応えでありました。
 わたしには、この作品のもつ「しずけさと充実感」が、すでに記憶の中に根付いている俳句に共通するものをうけとっていたのです。
 原コウ子の代表作の一つの<青葡萄太る一途にしずまれり>は、昭和三十一年のもの、句集『昼顔』に収録されています。この二つの「青葡萄」の俳句のたたずまいに近似なものをうけとったのです。つまり、女流にはめずらしく骨太なもの、それでいて女流のもつ繊細な感情のひだをみせる作風を感じたのです。
 草深昌子さんの俳句は、この「青葡萄」の句の生まれる以前から注目されましたが、この作品を発見して<新しい作家>の誕生の確信に似たものを得たのでした。
 原コウ子の「青葡萄」の句が生まれたころの作者は、鹿火屋主宰として後進の指導に精力を尽くされてをり、自分の作家としての努力を重ねていた時代のものです。つまり「俳句の可能性」への信頼へ全身をかけていたのでした。
 草深さんの第一句集の書名を「青葡萄」にしたいと考えたのには、これらのことのほかに、原コウ子も草深昌子も、ともに大阪生れです。そこに「難波の血」を思いました。
生涯大阪生れに誇りをもっておりました原コウ子に通じる何物かを草深さんに感じています。
 「青葡萄」の作品を発表した後、草深さんの作句は好調のようです。そこで本書に採録された六年間から年間一句を選んで味読し、この作者の俳句の輪廓をとらえたいと思います。

  毬ついて大地たしかむ五月晴

 「毬」によせる少女の時代からの祈りのようなものが伺える情景です。「五月晴」の天地の中で毬つきを楽しんでいます。その五月晴れの日差をすっかり吸い取ったようた大地との戯れ、その仲だちをしている毬のはずみ工合が何ともいえず心地よいのです。「大地たしかむ」ところに楽しい遊びのよろこびが感じられます。

  娘に贈る手鏡選ぶ聖五月

 これも五月です。「聖五月」には天地創造の気持をつないでいると見られます。娘に伝える母のこころ、「手鏡」には女性の魂がこもります。その「手鏡」を選んで娘に贈る母のこころは嬉しさにはち切れんぱかりです。

  父の日の空の厚みを知らず居りし

 「父の日」は六月の第三日曜。この句には昌子さんがお父上を早く亡くされて充分に甘えることができなかったという境涯がかくれています。それを天の神のふところでうけとめている。「空の厚み」にかけて詠んでいるのです。それだけ母の愛情に充たされて育った昌子さんの、母への感謝の念が一句の背景によみとれるのです。父母両親の分を母が一人で荷ってきているのですから。ちなみに草深さんの俳句入門はお母さんの影響と伺っています。
 近松忌全国大会で第一位となり文部大臣賞を受けたさいの家族からの祝福を笑顔で語っていた昌子さんの晴れやかた顔がいまも目に浮かびます。大阪へ出て受賞式にのぞんだときのよろこびを分ちあった日がありました。

  成人の日の娘を隔つ回転扉

 結婚して問もなく上京。母や姉たちと離れ住む身になった自分のことがふりかえられたことだろうと思います。娘も成人の日を無事に迎えた、祝福のこころは、また娘の自立をうながす季節でもあったことを、たまたま成人の日の祝宴を開いた会場の回転扉で気付かされたのです。それがうかつなことであったと思うには、娘への愛情が深すぎるのです。
ここには祈りがうたいとられています。

  白南風に花嫁の母吹かれをり

 この句には「姪・由紀、結婚」と前書があります。
 「歳月人を待たず」、いつしか母娘の一体の日々が過ぎて、ついに娘も良き伴侶を得て花嫁衣裳で自分の前にあらわれる仕儀となります。この明るい梅雨明けの白南風のなか、自分の姉を「花嫁の母」と認識させられたのです。ここに人生の哀歓はひとしおです。

  遠見して紙舟かともかいつぶり

 鳰の海に遊んだこころゆくまでの一日の旅の楽しさが伝わってきます。鳰(かいつぶり)を「紙舟」かとも眺めるところに、鳰を自分の眼でたしかめる姿勢が出ています。「紙舟」は比愉の面白さだけではなく、浮寝鳥を「物」としてうけとめているところに写実の眼の働き、自己の感性にすぺてをゆだねる姿勢があります。
 さらに俳句の可能性への挑戦、それは自己の可能性への挑戦でもあります。

   平成五年二月
 
                            正午山房にて     原 裕
     
      ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 
  
     『青葡萄』より抄出                                                      
   
     春暁やわが産声のはるかより
     まだ誰も戻らぬ雛の夜なりけり
     どの子にも影ついてゐる春の庭
     涅槃図に蛍飛ぶかと問はれをり
     母の日の花束に寄る核家族
     屑籠の底抜けてゐる終戦日
     眞白なる花火はつひにあがらざる
     狂ふかもしれぬ手を挙げ踊るなり
     星合の夜なり混み合ふ終電車
     秋風や子規も八雲も横向ける
     山の木にシテとワキある良夜かな


     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
   
     (精鋭女流俳句シリーズⅠ 『青葡萄』 ・ 平成5年2月15日発行・ 牧羊社 )
[PR]
by owl1023 | 2007-07-04 21:55


<< 句集 歌仙集「鼎」 >>